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航空知識

飛行機の重心が数十センチずれると、何が起きるのか

おはようございます。

機内で席を移りたいと申し出たとき、「少しお待ちください」と言われたことはないでしょうか。空いている席がたくさんあるのに、すぐには認められない。

あるいは、貨物を積む作業を見ていて、前後に分かれた扉から順番を決めて積み込んでいるのを見たことがあるかもしれません。

どちらも、飛行機には「何キロ積めるか」だけでなく「その重さがどこにあるか」の決まりがあることに関係しています。

今日は、重量と重心の話をします。地味なテーマですが、出発前に必ず確認する項目で、機長が署名する書類でもあります。

飛行機は「何キロ積めるか」だけでは飛べません

飛行機には、いくつもの重さの上限があります。

  • 最大離陸重量:離陸してよい重さの上限
  • 最大着陸重量:着陸してよい重さの上限。脚と構造が受け止められる衝撃で決まります
  • 最大着陸時燃料ゼロ重量:燃料を除いた状態の上限。主翼の付け根にかかる力で決まります

この3つはよく知られています。ところが、これらをすべて満たしていても飛べない場合があります。重さの位置が許容範囲から外れているときです。

飛行機は、翼が上向きの力を出し、機体の重さと釣り合って飛んでいます。この2つの力が働く位置の関係が、機体の姿勢を決めます。重さの中心、つまり重心が前後にずれると、釣り合いが崩れて、機首の上下が変わります。

そして飛行機は、この釣り合いの崩れを尾翼で受け止めています。尾翼が受け止められる範囲を超えると、姿勢を保てなくなります。

重心には、前後の許容範囲があります

重心の位置は、主翼の幅ではなく、主翼の前後の長さのどのあたりかで表します。平均空力翼弦という基準の長さを使って、その前から何パーセントの位置か、という言い方をします。

この位置には、前の限界と後ろの限界が決められています。そして、この範囲は重さによって変わります。軽いときは広く、重くなるほど狭くなります。

グラフにすると、横軸が重心の位置、縦軸が重さの、四角を少しつぶしたような枠になります。この枠を、重心のエンベロープと呼びます。

出発前に計算した「その日の重さ」と「その日の重心」の組み合わせが、この枠の中に入っていること。これが、動き出すための条件の一つです。

重心の許容範囲(エンベロープ) 重心の位置 前 ←       → 後ろ 重量 軽い ← → 重い この中に収まっていること 重くなるほど、許される幅は狭くなります その日の値 前すぎる 後ろすぎる
形は機種ごとに違います。図は考え方を示すための模式図です。

重心が前すぎると、何が起きるか

まず、前に寄りすぎた場合です。

機首が下がろうとする力が強くなります。それを押さえ込むため、水平尾翼は下向きの力を強く出し続けることになります。

すると、こういうことが起きます。

  • 離陸で機首が上がりにくい:離陸の速度に達して操縦桿を引いても、機首が持ち上がるのが遅れます。限界を超えると、滑走路の残りの長さの中で浮けなくなります
  • 着陸で機首を支えきれない:接地の直前に機首を少し上げる操作がありますが、これがやりにくくなります。前輪から落ちるような着陸になりかねません
  • 抵抗が増える:尾翼が下向きの力を強く出すということは、そのぶん翼はより大きな揚力を出さなければなりません。抵抗が増え、燃費が悪くなります

前に寄りすぎる方向は、安定性の面ではむしろ安全側です。姿勢が崩れても元に戻ろうとする力が強く働きます。問題になるのは、機首を上げる操作ができるかどうかです。

重心が後ろすぎると、何が起きるか

次に、後ろに寄りすぎた場合です。こちらのほうが危険とされています。

  • 安定が失われる:機首が上がったときに、自分で戻ろうとする力が弱くなります。極端になると、上がった機首がさらに上がろうとします
  • 操縦の効きが過敏になる:わずかな操作で大きく動き、狙った姿勢に落ち着かせにくくなります
  • 離陸直後に機首が上がりすぎる:離陸で引き起こした機首が、想定以上に上がってしまいます。速度が落ち、そこから戻す余裕が小さくなります

離陸直後は、速度も高度も余裕がありません。ここで機首が上がりすぎ、押し戻せなくなると、回復は難しくなります。

軽い飛行機では、乗る人の位置を変えるだけで重心が動きます。旅客機でも、乗客が後方に偏った状態で出発しようとすれば、同じことが起こりえます。座席を移りたいと申し出たときに「少しお待ちください」と言われるのは、この確認をしているからです。

離陸で機首を引き起こしたとき 重心が前寄り:機首が上がりにくい 適正:狙った姿勢で持ち上がる 重心が後ろ寄り:上がりすぎて戻しにくい ●=揚力の働く位置 ○=重心の位置(誇張して描いています)
角度は分かりやすくするため誇張しています。実際の差はもっと小さく、しかし決定的です。

誰が、どう計算しているのか

では、実際にどう確認しているのか。

出発前に、その便の重量重心計算が行われます。近年はシステムで自動的に計算され、操縦席に送られてきます。

計算に入るのは、こうしたものです。

  • 機体そのものの重さと、その重心の位置(機種ごと、機体ごとに登録されています)
  • 乗客の人数と、座席の区画ごとの配分
  • 手荷物と貨物の重さ、どの貨物室に何キロ積んだか
  • 燃料の量と、どのタンクにどれだけ入っているか
  • 客室乗務員、機内の備品、飲料や食事の搭載物

乗客の体重は、一人ずつ量るわけではありません。標準的な重さを用いて、人数から計算します。大人と子どもで値が違い、季節によって衣服の重さを見込む場合もあります。手荷物についても標準の値があります。

計算の結果として、離陸重量、重心の位置、そして離陸時の水平尾翼の設定値が出てきます。この最後の値が重要です。重心の位置によって、離陸のときに機首をどれだけ上げやすくしておくかが変わるからです。

パイロットは、送られてきた数字を確認し、機体に入力します。そして、計算の前提になった積載が実際とずれていないかを確かめます。紙の上の数字と、実際に積まれたものが合っていることが前提だからです。

出発直前に乗客が降りた、貨物が一部降ろされたといった変更があれば、計算はやり直しになります。出発が数分遅れる理由の一つは、ここにあります。遅れの理由については出発が遅れる理由の記事でも書きました。

燃料を使うと、重心も動きます

もう一つ、飛行中の話です。

燃料は主に主翼の中に入っています。主翼は重心の近くにあるので、燃料を消費しても重心の移動は比較的小さく収まります。これは偶然ではなく、そうなるように設計されています。

ただし、動かないわけではありません。長距離を飛ぶ便では、出発時と到着時で機体の重さが大きく変わり、重心も少しずつ移動します。どのタンクから順に使うかにも決まりがあり、これは重心の管理と、主翼にかかる力の管理の両方を兼ねています。

機種によっては、さらに積極的な使い方をします。水平尾翼の中にも燃料タンクを持ち、飛行中に燃料を後ろへ移して、わざと重心を後ろ寄りに保つ機種があります。重心が後ろ寄りだと、尾翼が出す下向きの力が小さくて済み、抵抗が減って燃費が良くなるからです。もちろん、許容範囲の中でのことです。

燃料の積み方そのものについては、燃料計画の記事で書きました。

現場では、積む場所を変えることがあります

計算の結果、重心が枠の端に寄りすぎていると分かった場合はどうするか。

積む場所を変えます。

大型機の貨物室は、前方と後方に分かれています。同じ重さでも、前の貨物室に積むか後ろに積むかで重心が変わります。ですから、前が軽ければ前に、後ろが軽ければ後ろに配分を変える。これが最も一般的な調整です。

乗客の配分を変えることもあります。空席の多い便で、乗客が後方に固まっている場合に、前方の席へ移動をお願いすることがあります。搭乗の順番や席の割り当てが、空き具合と一致していないように見えるときは、こうした事情が背景にある場合があります。

そして、積んだものを動かないように固定することも欠かせません。飛行中に貨物が移動すれば、計算した重心はその瞬間に意味を失います。貨物の固縛は、重さを量ることと同じくらい大事な作業です。

過去に起きたこと

重心の管理がなぜここまで厳格なのか。公開されている調査報告の中から、2つ挙げておきます。

**2003年、アメリカのシャーロットで、小型機が離陸直後に姿勢を失った事故がありました。**調査では、重心が後方の限界を超えていたことと、昇降舵の操作系統の整備に問題があったことの両方が関わったとされています。この事故のあと、アメリカでは乗客と手荷物の標準重量の見直しが行われました。

**2013年、アフガニスタンのバグラムで、貨物機が離陸直後に姿勢を失った事故がありました。**調査では、積まれていた重量物が固定から外れて後方へ移動したことが関わったとされています。

どちらも、原因や責任をここで論じることはしません。ただ、重心が範囲を外れること、あるいは飛行中に動くことが、実際に起きうるという事実は、記録として残っています。だからこそ、出発前の計算と確認が省略されることはありません。

おわりに

飛行機には、何キロ積めるかという上限だけでなく、その重さがどこにあるべきかという決まりがあります。重心には前後の許容範囲があり、重くなるほどその幅は狭くなります。

前に寄りすぎれば機首が上がりにくく、後ろに寄りすぎれば安定を失います。だから出発前に必ず計算し、積む場所を調整し、機長が確認してから動き出します。

飛行中も燃料の消費で重心は動きます。それも見込んだうえで、どのタンクから使うかが決められています。

次に空港の窓から貨物の積み込みを見る機会があったら、どの扉から、どの順番で積んでいるかを見てみてください。あの順番は、その日の便のために計算された結果です。