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機長コラム

エア・インディア機の事故に、私たちはどう向き合うべきか【現役機長より】

おはようございます。

今日は、少し重いテーマにお付き合いください。2025年6月に起きた、エア・インディア171便の事故についてです。

同じ空で働く者として、この事故には言葉になりません。まず、亡くなられた260名の方々に、心からの哀悼を捧げます。その上で、パイロットという立場から、皆さんにお伝えしておきたいことがあります。

事故の概要(公表されている事実)

171便は、インド西部アーメダバードの空港を離陸した直後に墜落しました。機体はボーイング787型機。搭乗していた242名のうち241名と、地上にいた19名の方が亡くなりました。787という機種で、初めての死亡事故でした。

インドの航空事故調査局(AAIB)は、2025年7月に暫定報告書を公表しています。そこで示された事実は、離陸のわずか数秒後に、2基のエンジンへの燃料供給を制御するスイッチが、相次いで「RUN(運転)」から「CUTOFF(遮断)」の位置に移り、両エンジンが推力を失ったというものでした。そして乗員は、すぐにエンジンの再始動を試みていたことも分かっています。

「まだ分かっていないこと」の方が、ずっと多い

ここで、どうしても強調したいことがあります。この事故の原因は、まだ確定していません。

暫定報告書は「何が起きたか」の事実の一部を示すものであって、「なぜ起きたか」の結論ではありません。AAIBは今も、フライトレコーダーの解析、エンジン部品の検査、乗員の記録の確認などを続けています。エンジンの解析結果が出そろい、調査は最終段階に入ったと報じられていますが、それでも最終的な報告書の草案がまとまるのは、2026年の秋になる見込みです。事故から、1年以上をかけているのです。

なぜ、そんなに時間がかかるのか。それは、航空事故の原因が、たった一つの単純な理由で説明できることは、ほとんどないからです。

憶測で誰かを断罪してはいけない

この事故については、様々な憶測がインターネット上に流れています。中には、乗員の誰かが意図的に行ったのではないか、という趣旨のものもあります。

現役のパイロットとして、はっきり申し上げます。確定していない原因で、亡くなった方を断罪することは、絶対にあってはなりません。

反論することも、真相を語ることもできない方々です。そして、その先にはご遺族がいます。断片的な情報や、刺激的な見出しだけで「犯人探し」をすることが、どれほど残酷なことか。私たちは、想像力を持たなければなりません。

航空の世界には、事故の原因を「個人の責任」で終わらせない、という長い伝統があります。人はミスをする。ならば、ミスが起きても事故に至らない仕組みをどう作るか。そこにこそ、次の安全への学びがある。犯人を探すためではなく、未来の命を守るために、調査は行われるのです。

私たちにできること

では、事故のニュースに接したとき、私たちはどうすればいいのでしょうか。

答えはシンプルです。事実と、憶測を、分けること。 そして、公式な調査の結論を、静かに待つこと。

分かっていることと、分かっていないことを、きちんと区別する。センセーショナルな見出しに飛びつかず、正式な報告を待つ。それは、亡くなった方への敬意であり、同時に、正しく学ぶための唯一の道でもあります。

おわりに

飛行機は、今も世界で最も安全な乗り物のひとつです。それは、過去のあらゆる事故から、私たちの先人が真摯に学び続けてきたからにほかなりません。一つひとつの事故の教訓が、今日の一便一便の安全を支えています。

171便の最終報告書が、事実に基づいた、誠実なものになることを願っています。そして、そこから得られる教訓が、二度と同じ悲しみを繰り返さないための力になることを、同じ空で働く者として、心から願っています。

改めて、亡くなられた皆様のご冥福をお祈りいたします。