パイロットの訓練は、シミュレーターで何をしているのか

おはようございます。
「もう何十年も飛んでいるのに、まだ訓練があるのですか」と聞かれることがあります。
あります。半年ごとです。今日は、シミュレーターでの訓練についてお話しします。
実機と同じ操縦席が、脚の上に載っています
訓練で使うのは、フルフライトシミュレーターと呼ばれる装置です。
外から見ると、大きな箱が何本もの脚に支えられて立っています。中に入ると、そこは実機の操縦席そのものです。計器の配置も、スイッチの手触りも、レバーの重さも同じです。窓の外には映像が映り、夜の空港も、雨の滑走路も再現されます。
脚が伸び縮みして箱全体が動くので、加速や傾きも体で感じられます。滑走路の継ぎ目を越える振動まで伝わってきます。
これらの装置は、一定の基準を満たすと実機での飛行の代わりとして認められます。新しい機種に移るとき、実機に一度も乗らないまま訓練を終えることがあるのは、このためです。
実機では絶対にやらないことを、やります
では、そこで何をするのか。
やるのは、実機では試せないことばかりです。
離陸で加速している最中にエンジンが1つ止まる。上昇中に客室の気圧が失われる。油圧の系統が失われて、操縦の手応えが変わる。着陸態勢に入ってから、滑走路上に別の機体がいることが分かる。
どれも、実機で試すわけにいきません。試せば、それ自体が危険な行為になります。
シミュレーターなら、何度でも試せます。同じ場面を巻き戻して、やり直せます。うまくいかなかったところで止めて、記録を見ながら「なぜそう判断したのか」を話し合えます。
飛行機のことを知り尽くしたベテランでも、初めて出会う事態には時間がかかります。その「初めて」を、実機ではなくここで済ませておくということです。
評価されるのは、操縦の腕だけではありません
訓練の最後には審査があります。
見られるのは、操縦の正確さだけではありません。同じくらい重視されるのが、2人でどう進めたかです。
異常が起きたとき、状況をどう共有したか。手順書のどこを、誰が読み上げたか。判断の根拠を相手に言葉で伝えたか。副操縦士が疑問を口にしたとき、機長がそれを受け止めたか。
うまく着陸できても、その過程が独りよがりであれば評価されません。逆に、結果が完璧でなくても、2人で状況を正しく把握して筋の通った判断を積み重ねていれば、それは評価されます。
飛行機は1人で飛ばすものではない、という考え方が、審査の基準にも入っています。
汗をかいて出てきます
正直に申し上げると、シミュレーターは楽しい場所ではありません。
装置だと分かっていても、次に何が起きるか分からない状態で座っていると、緊張します。終わって外に出ると、シャツが背中に貼りついていることがあります。
ただ、この時間があるから、実際の飛行で異常の気配を感じたときに、手が勝手に動きます。考えるより先に、いつもの手順が始まります。何度も通った道だからです。
おわりに
パイロットは、資格を取ったあとも半年ごとにシミュレーターへ入ります。そこで扱うのは、実機では絶対に試せない事態ばかりです。
起きてほしくないことを、起きる前に繰り返し通っておく。そのための時間です。皆さまが乗る便が何事もなく着くために、地上でやっていることのひとつです。




