機内の気圧は地上と同じではない。与圧のしくみ

おはようございます。
飛行機に乗ったとき、こんな経験はないでしょうか。上空で開けたお菓子の袋がぱんぱんに膨らんでいた。空港で買ったペットボトルの水を上空で飲み、蓋を閉めておいたら、着陸後にべこりとへこんでいた。
どちらも、機内の気圧が地上と同じではないことを示しています。
飛行機の客室は、外の空気をそのまま取り込んでいるわけでも、地上と同じ気圧に保たれているわけでもありません。今日は、その中間にある「与圧」という仕組みについて説明します。
巡航高度の外は、人が数十秒で意識を失う気圧です
まず、外がどうなっているかから始めます。
旅客機が巡航する高さは、おおむね10,000メートルから12,000メートルです。この高さの気圧は、地上のおよそ4分の1しかありません。
気圧が低いと何が困るのか。空気の中の酸素の割合は、高いところでも地上と変わりません。変わるのは、空気そのものの濃さです。薄い空気からは、肺が酸素を血液に取り込めません。
この高さで機内の空気が急に失われた場合、有効な意識を保っていられる時間は30秒から1分ほどとされています。高度が上がるほど、この時間は短くなります。だから酸素マスクは「落ちてきたらすぐ着ける」ものであり、まわりの人を手伝う前に自分が先に着けるよう案内されます。酸素マスクの詳しい話は、別の記事で書きました。
つまり、外の空気をそのまま入れるわけにはいきません。かといって、その高さを飛ばないという選択もありません。高いところを飛ぶほうが空気の抵抗が少なく、燃費が良く、天候の影響も受けにくいからです。この理由は飛行機が高いところを飛ぶ理由の記事で書きました。
そこで、機内だけ空気を押し込んで濃くするという方法をとります。これが与圧です。
機内は「地上」ではなく、標高2,000メートル級の山の上です
ここで多くの方が誤解しているのが、「与圧しているのだから機内は地上と同じ」という点です。違います。
機内の気圧は、標高1,800メートルから2,400メートルあたりの山の上と同じくらいに保たれています。この「機内の気圧が、標高何メートルの気圧に相当するか」という数字を、客室高度と呼びます。
従来の金属製の機体では、客室高度はおおむね2,400メートル(8,000フィート)が上限でした。富士山の五合目あたりの気圧と考えると近いです。
近年の機体では、ここが改善されています。私が乗っているボーイング787は、胴体に炭素繊維の複合材を使っているため、金属より高い圧力差に耐えられます。そのぶん客室高度を低く保つことができ、およそ1,800メートル(6,000フィート)です。同じ時間を機内で過ごしても、到着後の疲れ方が違うと言われるのは、この差によるところが大きいと考えられています。
湿度についても同じ理屈で改善されています。詳しくは機内が乾燥する理由の記事で書きました。
なぜ地上と同じにしないのか
ここで当然の疑問が出ます。どうせ空気を押し込むなら、地上と同じ気圧にすればいいのではないか、ということです。
理由は、機体の胴体にかかる力にあります。
機内の気圧が外より高いということは、胴体は内側から外へ押し広げられているということです。風船と同じです。この内と外の圧力差が大きいほど、胴体にかかる力は大きくなります。
どのくらいの力か。巡航中の圧力差は、1平方メートルあたりおよそ6トンに相当します。胴体の表面積を考えると、機体全体では相当な力です。窓が小さく丸いのも、この力に耐えるためです。理由は飛行機の窓の記事で書きました。
そしてこの力は、飛ぶたびにかかり、降りるたびに抜けます。金属は、この「かかる、抜ける」を繰り返すと、少しずつ疲れて弱くなります。金属疲労と呼ばれる現象です。1988年にハワイで、飛行中に胴体上部が大きく剥がれた事故がありました。短い距離を1日に何往復もする使われ方で、与圧の回数が非常に多くなっていたことが背景の一つとされています。
つまり、客室高度をどこに置くかは、乗り心地と機体の寿命の釣り合いで決まっています。快適さだけを追えば機体が早く傷み、機体を守ることだけを考えれば乗り心地が悪くなります。その間を取った数字が、2,400メートルであり、1,800メートルなのです。
飛行機の寿命を回数で数えることがあるのは、このためです。詳しくは飛行機の寿命の記事で書きました。
空気はどこから来ているのか
次に、押し込む空気をどこから持ってきているかです。方式は大きく2つあります。
1つめは、エンジンから取り出す方式です。
ジェットエンジンの前半分は、空気を圧縮する部分です。ここで圧縮された空気の一部を途中で抜き取り、冷やしてから客室に送ります。抽気(ちゅうき)と呼ばれる方法で、長く主流でした。
圧縮された直後の空気は、200度を超える高温になっています。そのまま送れないので、熱交換器で冷やし、温度を整えてから客室に入れます。
2つめは、電動のコンプレッサーで作る方式です。
ボーイング787は、エンジンから空気を抜きません。代わりに専用の電動コンプレッサーで外の空気を圧縮し、客室へ送ります。エンジンから空気を抜かないぶんエンジンの効率が上がり、高温の配管を機体の中に通さなくて済むという利点があります。
どちらの方式でも、取り込んだ空気は客室に入る前に処理されます。また機内の空気は、すべてが新しい空気というわけではなく、一部を細かいフィルターに通して再び循環させています。この話は機内の空気の記事で書きました。
なお、地上で駐機している間は、エンジンを回していません。この間の空調と与圧の準備は、機体後部にある小さなエンジンが担います。詳しくはAPUの記事で書きました。
気圧を決めているのは、入れる量ではなく「出す量」です
ここが、仕組みとしていちばん面白いところだと思っています。
客室の気圧は、空気をどれだけ入れるかで調整していると思われがちですが、実際は違います。空気はほぼ一定の量で入り続けていて、調整しているのは出す量のほうです。
機体の後方下部に、外に通じる弁があります。流出弁(アウトフローバルブ)と呼ばれます。この弁の開き具合を変えることで、客室の気圧が決まります。
- 弁を閉じ気味にする → 空気が出ていきにくくなる → 客室の気圧が上がる
- 弁を開き気味にする → 空気が出ていきやすくなる → 客室の気圧が下がる
洗面台に水を流しっぱなしにして、栓の開き具合で水位を決めているのと同じ理屈です。
この弁は、飛行の段階に合わせて自動で動きます。パイロットが常時操作しているわけではありません。設定した巡航高度に合わせて、上昇中は客室高度がゆっくり上がるように、降下中はゆっくり下がるように、気圧の変化する速さを抑えながら制御します。
急に気圧が変わると耳が痛くなるので、変化の速さそのものが管理されています。上昇中の客室高度の変化は、エレベーターよりずっとゆるやかです。それでも耳に違和感が出るのは、気圧の変化が鼻の奥の細い管を通して耳の内側に伝わるまでに、少し時間がかかるからです。詳しくは耳が痛くなる理由の記事で書きました。
ペットボトルがへこむ理由
ここまで分かると、冒頭の現象が説明できます。
上空で蓋を閉めたペットボトルの中には、客室高度2,000メートル級の、薄い空気が閉じ込められています。降りてくると、外側の機内の気圧は地上の気圧まで戻ります。中は薄いまま、外が濃くなる。だから外から押されて、へこみます。
お菓子の袋が膨らむのは逆です。地上で密封された袋の中には、地上の濃い空気が入っています。上空で客室の気圧が下がると、中のほうが高くなるので、外へ押し広げようとして膨らみます。
どちらも、機内の気圧が地上と違うことの、目に見える証拠です。
体に出ること
客室高度が2,000メートル級ということは、体にとっては軽い高地にいるのと同じです。血液中の酸素の量は、地上にいるときよりわずかに下がります。健康な方であれば問題になる範囲ではありませんが、いくつか知られていることがあります。
- アルコールが回りやすく感じることがある:機内での飲酒は、地上と同じ量でも感じ方が変わることがあります
- 体がむくみやすい:気圧が低く、長時間同じ姿勢でいるためです。ときどき歩くと違います
- 味やにおいを感じにくい:気圧が低く、空気が乾いていることが関係していると言われています。機内食の味付けが濃いめなのはこのためです
- 持病のある方は、事前の相談を:呼吸器や循環器に持病がある方、最近手術を受けた方などは、搭乗前に主治医に相談されることをおすすめします
ここは医学の領域なので、断定的なことは書きません。気になることがあれば、必ずお医者さんに確認してください。
与圧が保てなくなったとき
最後に、与圧が保てなくなった場合の話です。
弁や配管の不具合、機体の一部が損傷して空気が漏れるといったことが起きると、客室の気圧が下がり始めます。このとき飛行機は、降りるという対応をとります。
客室高度が一定を超えると警報が鳴り、酸素マスクが自動で落ちてきます。乗員はまず自分の酸素マスクを着け、そのうえで、空気が濃くて酸素マスクなしで過ごせる高度まで機体を降ろします。おおむね3,000メートル程度、地形によってはそれ以上の高度です。
機内に用意されている酸素は、無限にあるわけではありません。限られた時間のうちに、低い高度まで降りきることが前提の設計になっています。訓練でも、この降下の手順は繰り返します。
ただし、こうした事態は極めてまれです。与圧の系統は複数あり、一つが働かなくなっても別の系統で保てるようになっています。
おわりに
機内の気圧は、地上と同じではありません。標高1,800メートルから2,400メートルの山の上と同じくらいに保たれています。地上と同じにしないのは、胴体にかかる圧力差を抑え、機体を長く安全に使うためです。
空気はエンジンから取り出すか、電動のコンプレッサーで作られ、機体後方の弁の開き具合で気圧が決まります。上昇と降下では、気圧が変わる速さそのものが管理されています。
次に飛行機に乗ったとき、空のペットボトルの蓋を上空で閉めておいてみてください。降りたあと、手のひらの中で気圧の差が形になって残ります。




